2008年1月3日深夜・・・
((((((( ;゚Д゚)))))))ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
うわぁー、は、はじまったぁ、、、ガタガタく(|||´□`;)))))ガタガタガタ
そう、ウユニ発ラパス行きの夜行バスの激しい揺れがまた始まったのだ・・・
まじでこの揺れはハンパない・・・(;≧皿≦)。゜°。ううううぅぅぅ
ただでさえびっくりするくらい凸凹な未舗装道路だってのに、この夜行バスの運転手ときたら、その速度を緩めることを知らないみたい・・・(;´ρ`) グッタリ
おかげで、普通におっきなデラックスバスだってのに、左右にいったりきたり揺れる揺れる;;(≧ω≦;)
ほんと、まさにあれだ、たまにニュースで目にする、
「邦人観光客を乗せた観光バスが横転、●人死亡」
・・・
むちゃくちゃ怖いんですけど(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
で、5時間経過・・・_| ̄|○i||||||iモウダメポ
あまりの振動のせいか、激しくぐったりするぶー・・・(;´ρ`) グッタリ
そして、出発から10時間が経過したその時、
ようやく、すり鉢上にビルが林立するラパスの街並みが見えてきた()´д`()ゲッソリ・・・
な、なんとか二人とも無事にラパスに帰ってこれたよ・・・”_| ̄|○”ハァハァハァ
この夜行バスによるラパス-ウユニの往復はもう二度とやりたくないわ・・・
にしても、Todo Turismoのデラックスバスでこれなんだから、普通のローカルバスだったら一体どんだけ辛いんだよ(#゚Д゚) ゴルァ!!
って感じ。
やっぱウユニ塩湖へは、鉄道か、Aero Sur(ボリビアの航空会社)が出してる航空便で行くに限るな(;`・д・`)ウンウン
というわけで、早朝8時頃、首都ラパスのバスターミナルに到着した後は、何はともあれ疲れを癒すべく、一番ホテルに向った≡≡≡ヘ(o゚Д゚o)ノイッテキマァァーーーース!!!!
そうそう、ボリビア到着初日にロストしたぶーのバックパック、ちゃんと一番ホテルに届いてるかなぁゥ─σ(・´ω・`*)─ン…
もし届いてなかったら、どーやってぶーを慰めようかなぁ・・・、
なんて思いながら、中4日ぶりの一番ホテルに到着し、再びチェックインすると、
(・∀・)「(南雲さん)おー、たくさん、よくぞ無事に帰ってきてくれたねぇ。随分日焼けしたねぇ。でもまぁ、疲れたでしょう、午前中はゆっくりお休みなさい。」
。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。 「(たく&ぶー)はーい。」
(・∀・)「(南雲さん)それと、ぶーさんの荷物も届いているよ。」
。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。 「(たく&ぶー)やったーっ!!!」
・・・
お昼頃、
久しぶりに一番ホテルでリラックスした後、14時にイサベラ・ラ・カトリカ広場から出てる、2階建て市内観光バスに乗って、手っ取りばやくラパス観光をすることにした。
初めてラパスを訪れた2006年の夏は、ペルーのクスコからプーノの間で起こったストライキによる道路封鎖のせいで、その後の旅程が崩壊し、予定より遅れてラパスに到着した上に、島旅行社でその後の航空券の手配し直ししたり等、とにかく悠長にラパス観光なんてやってる場合じゃなかったもんねぇ…。
※自分たちの旅行史上、屈指のトラブルに見舞われた2006年のペルー→ボリビアの思い出(?)はこちらから↓
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なんでこうなるの!?なんかした!?プーノの夜
2006年7月3日 度重なるフライトキャンセル、遅延によって阻まれたウユニ塩湖行きの埋め合わせとして訪ねた ...
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嫌なことの後にやってくる、極上のやさしさ
2006年7月5日 たく&ぶーの旅行人生(?)の中で、今後を含めても、間違いなく最大のピンチに陥ったといえ ...
というわけで、ラパスをちゃんと(?)観光するのは今日が初めてだったので(最後でもありそうだけど・・・)、市内観光バスに乗り、まずは、
ラパスの南東に位置する「月の谷」へ。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。
地球の歩き方曰く、
「かつて宇宙船アポロが写し出した月面そっくりの世界がここにある」
とのことらしいが、もちろん、そんな大袈裟なものじゃない、苦笑。
まぁ、その前に、アポロが月面に到着したときの映像なんて、鮮明に記憶に残るほど見たこともないわけで(←屁理屈)
で、個人的には、月面なんかはどうでもいいんだけど、その切り立った月の谷の岩上に、ケーナ(?)とかいうフォルクローレの縦笛を吹いてる人がいたのにはびびったわけで・・・(写真右)
ほんと、効果的な宣伝だよなぁ、こんなの見せられた後に、目の前にケーナがずらーっと並んでいたとしたら、誰だって、
ヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ 「む、昔からフォルクローレが好きでした!」
とか言ってケーナとやらを大人買いしちゃいそうだもん(´,_ゝ`)プッ
その後、タクシーに乗って一気に、
サン・フランシスコ寺院へ。
って、
なんですか、この露店の密集具合は?(゜д゜υ)
完全に城下町化してるし・・・( ̄□ ̄;)アセアセ.....
んで、地球の歩き方曰く(しつこい?)、
「金箔の祭壇が輝き荘厳な雰囲気だ。教会内へは誰でも入ることができる。」
という、サン・フランシスコ寺院に入ろうと試みるも、恥ずかしながら、どこから入るのかわからない・・・、というか寺院のものと思われる扉という扉(お土産屋の扉除く)に鍵かかってたんですけど・・・ヾ(・ω・o) ォィォィ
なので、
早々にサン・フランシスコ寺院観光を断念して、お土産屋が立ち並ぶ寺院横のサガルナガ通りを軽く物色しながら、こないだウユニ塩湖で、セルジオ(ラパス在住)が、
ナィ(・д・=・д・)ナィ 「(セルジオ)あそこは、ニセモノしか売ってないから、わざわざ行く必要なんかないよ。」
と、まったくもって適切なアドバイスをくれた、
メルカド・ネグロ(ブラック・マーケット)を目指す(;¬∀¬)ハハハ…
だって、別に物を買うつもりは無いけど、やっぱ市場って楽しそうなんだもん(・∀・)??
途中、サガルナガ通りと交差するリナレス通りとやらを歩いていると、さすがに、通称、
「魔女通り」Σ(゜Д゜|||)エッ!?
とかって呼ばれてるだけあって、リャマとかアルマジロ(?)とかのミイラが所狭しと並んでたりしてびびったし(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
しかも、結構微妙な臭いもする・・・(´ж`;)ゥ・・ゥップ・・・ ゙;`;:゙;・(;゚;Д ゚;)ブェッ
注)お食事中だったらすみません!
ちなみに、この随分とグロいリャマ君たちのミイラの用途はというと、
魔除けらしい・・・Σ(゜Д゜|||)エッ!?
・・・
って、
お前が既に「魔」だろ、ボケッ!!!(#゚Д゚) ゴルァ!!
なんて思ってしまうのは僕だけでしょうか・・・(;¬∀¬)ハハハ…
でもって、魔女通りを越えて程なくすると、
メルカド・ネグロに到着 (写真左)
ただ、完全に香港の「女人街」をしょぼくした感じだったんで、感動はゼロ・・・
それよりも、帰り道の露店で売ってた、ソーセージサンドがめっちゃくちゃうまかった(写真右)ヽ(゚∀゚ )ノ
値段も、地元価格の2ボリ(30円弱)とコストパフォーマンス最高!(人´∀`).☆.。.:*・
でも、それを食べてる自分の姿はあまりにも、
痛々しい・・・(*ノÅ`)ヾ(・ω・`*)ヨシヨシ…大丈夫ダョ
このほっぺたの水膨れかよ!ってくらい悲惨な状況と一生付き合っていくことを、さすがに覚悟したし…(o;ω;o)ウゥ・・・
そんなこんなで、激しく大変だったけど、想像を絶する絶景と出会えた今回の旅、
「2006年のリベンジへ!ウユニで迎える2008年!」
も、いよいよ最後の夜を迎えた・・・
明日は朝5時のタクシーで空港に向かい、マイアミ経由で(1泊)、僕はカリフォルニア、ぶーは東京へ帰る・・・
ほんと、何度も繰り返しなるけれど、今回の旅は、びっくりするくらい体力的に過酷な旅となった。間違いなく過去の旅ナンバー1の過酷さだ。
それでもこれまたいつものように、周りの人々に助けられ、無事にここまで戻ってこれたんだから、うちらって幸せものだ。
セルジオにマウリーシオにサラビアおばちゃんに、
そして、誰より忘れちゃいけないのが、
一番ホテルのオーナー、南雲さん(人´∀`).☆.。.:*・
2006年に引き続き、今回もめちゃくちゃお世話になっちゃった(;¬∀¬)ハハハ…
デラックスバスの手配に始まり、ロストバゲージした荷物の保管、さらには顔をあわせる度毎にかけてくださる、暖かい一声゜+.(・∀・).+゜
南雲さんと一番ホテルがあったから安心してボリビアを旅できた。
それは間違いない。
僕もぶーも、もう完璧に一番ホテルのリピーターだ。
ウユニ塩湖ラストデーで薄っすら水鏡状態のウユニ塩湖を見ちゃっただけに、すぐさま雨季のウユニ塩湖にリベンジだっ!!!とはさすがにならないだろうけど、それでもうちらはリピーターなので(笑)、数年後の3月には絶対、
絶対また来ますから!。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。
そして翌朝の別れ際、
ヘ(-ω- )オイデ 「(南雲さん)たくさん、ちょっと。」
(_≧Д≦)ノ彡☆♪ 「(たく)なんでしょう?」
(´,_ゝ`)「(南雲さん)はい、これお土産(写真下)。中身は開けてからのお楽しみ、ということで。そして、数年後、またおいで、待ってるから。」
。・゚・(*ノД`*)・゚・。 シクシク 「(たく&ぶー)は、はい!絶対また来ます!」
と3度目の再会を誓い、南雲さん&一番ホテルを後にした・・・
さようなら、
そして、
本当に、本当にありがとうございました・゚・(*ノД`*)・゚・
おしまい