2008年12月11日 ただいま、ワシントン・ロナルド・レーガン・ナショナル空港にて、ダラス行きの飛行機を待っています。 というわけで、12月8日から今日までの3泊4日間、今にも雪が降りそうだった、寒い寒いワシントンDCともようやくおさらばです(。→ˇܫˇ←。)ププッ 我ながら、札幌に二十数年住んでたとは思えないぐらい、この極寒の都市に嫌悪感をいだきましたね、まじで。寒すぎだろっ(#゚Д゚) ゴルァ!! で、米国駐在1年目は、このワシントンDCとも何の縁もなかったこともあって、帰国前に ...
2001年11月26日夜明け前 ミュンヘン発、オーストリアはザルツブルク経由ミラノ行き夜行列車に揺られていた・・・ いや、正確には押し込められていた、と言うべきか(涙) 深夜3時も過ぎ、ザルツブルクを越えたあたりから真夜中だってのに避難民のごとく次から次へと客が増え、夜行だってのに(そりゃ普通席ではあったけど)、冒頭写真のように足を伸ばすどころかぎゅうぎゅうに詰め込まれてしまった・・・ ミラノまではまだ数時間はある・・・ こんなにしんどいんだったら、金をけちらずクシェット(簡易寝台)でも買え ...
2009年9月20日 この日は朝から、世界文化遺産「アントニオ・ガウディの作品群」のおおとりを飾る、 サグラダ・ファミリア!!! をじーっくり観光するのだ。 (冒頭写真) 鐘塔上部に描かれた「Hosanna Excelsis(神よ、天のいと高きところへ)」の文字がイカすっ! まず、サグラダ・ファミリアとはだけども、日本語で、 「聖家族贖罪教会(せいかぞくしょくざいきょうかい)」 つまり、 『イエスと聖母マリア、そして養父ヨセフのいわゆる聖家族に捧げる ...
自然と溶け込む、ジェフリー・バワのホテル「Heritance Kandalama」
この記事の目次 建築家「ジェフリー・バワ」のホテル、「Heritance Kandalama」 自然に溶け込む「Heritance Kandalama」を夜散歩 自然に溶け込む「Heritance Kandalama」を朝散歩 この日の訪問場所(地図) 建築家「ジェフリー・バワ」のホテル、「Heritance Kandalama」 チェックイン時のウェルカムドリンクをいくつか選べたんだけど、「ワイルド・マンゴー」とやらが絶望的に不味かった…(涙) 消去法で頼んだ「アボガド」が一番まともだった ...
朝食後は、昨日と打って変わって雪景色の中、湯畑を見下ろす光泉寺に初詣。#草津温泉で年越し pic.twitter.com/QV8y5WH63f — たく@世界65ヵ国&全都道府県制覇 (@BooTaku) November 14, 2023 光泉寺の参道(階段)の途中から(やや)見下ろす湯畑。草津は、この湯畑を見下ろす(宿泊者向け以外の…)絶好の展望スポットがなくって残念だよね…。 あの湯畑の奥にある白い建物(シゲハラ)の屋上とか有償ででも解放してくれた、超儲かりそうなのに…。#草津温泉で年越し ...
2019年最後の日もゆっくり起床して「American Diner」にて遅めの朝ご飯。いかにも子供が喜びそうなアメ車のテーブル&チェアなのに、たぶん匠も旭も全然気づいてなかったと思われる…。 pic.twitter.com/J4PLABoL9b — たく (@BooTaku) January 1, 2020 今宵のカウントダウンに向け、アトリウムのデコレーションが始まってた。カウントダウンで風船を一斉に落としてみんなで踏んで割る、ってのはなんかの文化なの?前にRoyal Caribbeanで年末年 ...
2007年4月29日 前日のダラス発、チリのサンチャゴ行のフライト遅延により、初っ端から大幅な旅程変更と追加費用を余儀なくされたわけだけども、何とか明日の朝までに当初の旅程に戻りたい(涙) というわけで、今日、明日の予定は以下の通り。 朝7:30発のフライトだなんて、いきなり寝過ごしそうだし(苦笑) いずにせよ、絶対に寝坊できないこの日の朝は、2個ある携帯の目覚ましはもちろん、日本にいるぶーやホテルのモーニングコールをフル動員して、無事4:00am起床(*´ο)ゞ とはいえ、ま ...
2007年9月27日早朝 6時に出発するつもりでいた。 ここプエルトアヨラの近くにトルトゥーガ・ベイという白い綺麗なビーチがあると聞いていたからだ。 朝9時に、プエルトアヨラから空港のあるバルトラ島へ向う乗り合いタクシーがホテルに迎えに来ることになっていたので、片道1時間、往復2時間、ビーチでたそがれること1時間の所要計3時間、すなわち6時出発だ。 が、 気づけば既に、6時半を過ぎていた・・・ タクシーを拾えば何とかなるだろうと、ホテルのカウンターで聞いてみるも、トルトゥーガ・ベイの途中まで ...
大学院の卒業(修了?)を翌月に控えた、2003年2月、 僕は悩んでいた・・・( ̄へ ̄|||) ウーム ヽ(・、 .)コケッ で、何について悩んでいたかというと、大学院の卒業旅行について。 2月に修士論文の発表会が終われば、後は4月からの東京での社会人生活スタートに向けてちょいと準備すればOK、という状態だったんで、もちろん卒業旅行の手配をはじめるのが順当ではあったものの、当時の自分は、今以上に、何やるんでも壮絶に慎重かつ考えが固かったんで…(涙)、 ①4月からの東京生活には、スーツや生活必需品の購入等、い ...