なんでこうなるの!!!僕、なんかしましたっけ???

クスコ

2006年7月3日

 

度重なるフライトキャンセル、遅延によって阻まれたウユニ塩湖行きの埋め合わせとして訪ねた、クスコ、マチュピチュの観光を無事に終え、この日の晩、夜行バスにてクスコを旅立ち、翌朝にはボリビアの首都、ラパスに到着する予定d(。ゝд・)

よーやく、オリジナルの旅程に戻れる(。→ˇܫˇ←。) チョーウレピー♡

で、夜行バスだけに、出発は夜10時・・・。とりあえず、宿はチェックアウトしなきゃいかんので、荷物だけ預かってもらって街へと繰り出した。

が、いかんせん体調が悪い・・・。風邪でも引いたんだべか?びっくりするくらい快晴だってのにすこぶる寒い・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

おそらく、今晩のバスの中で寝て起きれば自動的に元の旅程に復帰できるっていう安心感から、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったんだろう、カラカスから溜め込んでいた疲労とストレスが一気に爆発し、体力が極度に奪われている感じ・・・

クスコ

とりあえず、ものすごい快晴の下、アルパカのマフラーを買って、アルマス広場で日向ぼっこ((´д`)) ぶるぶる・・・.

んで、昼ごはんを食べに行っても、パクチーを使った味付けが微妙に口に合わず(写真左下)、食欲も減衰・・・。しまいには下痢までもよおす始末・・・(-c_-。 )

クスコ

クスコ

その後、寒さをじっとこらえつつ、ネットしたり、トイレ行って吐き出したり(笑)、スーパーを冷やかしたり(こんなところにもマルちゃんが、驚)を繰り返しながら時間をつぶし、

午後9時半・・・、バスターミナルに到着ε=(ノ‥)ノ

バスターミナルに入ると、またしても何やら不穏な空気・・・(llllll゚Д゚)

といっても、そんなの気にしてる暇はないので、一直線に予約済みのバス会社チケットカウンターへと向かった。すると・・・、

ヾ(・ω・`;)ノ「(バス会社)●△※■×!」

( ;´Д`)「(たく)スペイン語わかんないよ!English!English!」

ヾ(・ω・`;)ノ「(バス会社)○▼×※□!」

( ;´Д`)「(たく)うーん、全然何言ってるかわかんないんだけど・・・」

で、しぶとく耳を傾けていると、

ヾ(・ω・`;)ノ「(バス会社)○▼strike□!」

(@・Д・@)??「(たく)strike?」

(#゚Д゚) 「(たく)ストライキ!?」

このキーワードがわかったとたん、自分たちが何を言われているかがわかってきた。要は、今、プーノ(ボリビアとの国境近くの街)の方で、交通機関のストライキが発生してるらしく、危険だから、今晩の夜行バスに乗るのは見送った方が良いとのことだった。仮に夜行バスに乗っても、道路のところどころが道路封鎖されているはずで、無理やり通過しようとすると、火や岩などを放たれて相当危ないらしい・・・

。゚(゚´Д`゚)゚。「なんでこうなるの!?俺、なんかした??」

長い、辛い、国境越えが始まった瞬間だった・・・

でもって、半べそかきそうになったのをぐっとこらえて、たく&ぶーが出した結論はこう↓

【結論】 とりあえず、今晩クスコを出発する((;゚Д゚)オレシラナイ

だって、 もし7/5早朝発のラパス→(サンパウロ乗継)→イグアスに間に合わなかったら、大金はたいて買ったブラジル周遊パスがパーになるかもしれないんですもん!

ただでさえ、カラカス→ラパスのフライトキャンセルのせいで、追加予算をメチャクチャ繰り出し、家計が火の車なのに、ブラジルの広大な大地を巡る航空券2名分をさらに購入する財力なんてありませんからっヽ(`Д´)ノ

明日ラパスに着く見込みが薄かったって、ゼロじゃないならそれにかけるしかない!絶対、オリジナルの旅程に戻って、レンソイスに行ってやるっヽ(*`Д´)ノ

というわけで、いろんな人から「行くって言うなら、あなた自身の責任で行くのよ」と念を押され、はっきり行って相当びびりながらバスに乗り込んだのだった(((( ;゚д゚)))アワワワワ

 

およそ2時間後・・・

 

時計の針は24時をまわり、2006年7月4日を迎えていた・・・

と同時に、僕らの前に最初の関門が立ちはだかったのだった・・・

クスコ

道路に岩が積まれていた。ただ、絶対通れない、とかそういう代物でもなさそうだ。と思った瞬間、反対車線を猛スピードで通過しようとするバスがっ!

すると、暗闇の中からどこからともなく現れた輩たちがバスに岩を投げつけるわ、火を放つわで、かるい内戦状態!「ボゴッ!」って、めちゃくちゃすごい音してたんですけど・・・。しかも、そのとき現れた輩たちの目が血走ってること血走ってることヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ

クスコ

その後、僕らのバスの後ろにも、そして反対車線にもどんどん車が貯まっていき、身動きを取れなくなった運転手やバスの乗客たちは、なんとか彼ら(以下、スト軍団)を説得しようと、車を降りて交渉に入った(写真下)

クスコ

ちなみに、僕らは、最初降りて交渉しようと誘われたけど、スペイン語がわからないってことがわかるとすぐさま『役に立たない人間リスト』に入れられ、バス内待機を命じられたのでした(;¬∀¬)ハハハ…

その後、数時間経っても少しも状況は進展せず、それどころか、運転手が、バスのバッテリーがあがるからと、このアンデス山脈の標高4000mでバスの暖房を切りやがるからさぁ大変。窓ガラスはあっという間に結露し、車内はびっくりするくらい一気に冷え切っていった・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

途中、あまりの寒さに尿気をもよおし、仕方無しにびびりながらバスの外にでてみると、この寒い中、みんなはあいかわらず交渉真っ只中。そこにいる人全員の意識が一点に集中してるのをいいことに、バスの影で立ちションすると、こんなときに限って大滝のように出るわ出るわでいっこうに止まらない(笑)

こんなんだったら、もっとバスから遠いところで立ちションすればよかったよ(〃▽〃)

と見つかるかもしれないドキドキ感の中、ようやく用をたし終えると、ふっと力が抜けて空を見上げてみた。

すると、

なんで今まで気付かなかったの???ってくらい、これまで見たこともないような白く輝く星がぎゅうぎゅうに敷き詰められた満天の星空が広がっていた゚+.(◕ฺ∀◕ฺ)゚+. わぁ♪

今、ストライキに巻き込まれてる、っていう現実を忘れさせてくれる瞬間だった。

 

足止めからおよそ5時間後、事態は急展開を迎えたエッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?

 

突然、外にいた若い衆が(って僕らが一番最年少っぽかったけど・・・)どっと車内に戻ってきて、

(*≧口≦)=3 「(若い衆)※▼□○×!!!」

僕らには、何言ってるか全然わからんかったけども、車内にいた老若男女たちは、自分の荷物の中から「歯磨き粉」を取り出したのだ(@・Д・@)??

クスコ

そして、その歯磨き粉を使い、フロントガラスになにやら文字を書き出した(★゜∀゜★)ノ?

何を書いてるのかはさっぱりだったけど、この後、何故か道路封鎖は解除されると、深夜5時間にも及ぶ交渉劇に終止符が打たれ、バスは再び走り始めたのだった・・・

2時間もしないうちに夜は明け、

再びバスは停車した・・・ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!

クスコ

またかよ・・・orz

しかも、昨晩よりもめちゃくちゃ人集まってるし・・・о(μωμ)о シュン…

これ以後もどんどん人が集まってくるわ、決起集会のようなものが始まるわで、ここを通過できそうな気配をまったく感じさせない・・・。昨晩のレベルで通過に5時間も要したってのに、この規模だといったい何時間かかるんだよ・・・、今晩には絶対ラパスに到着しなきゃいけないのに・・・(o;ω;o)ウゥ・・・

1時間後・・・

外の様子を見に行ったり、フテ寝してた僕らを見かねてか、いかにも親切そうな二重まぶたのペルー人のおじさんが声を掛けてきた。

(。´・ω・)「(おじちゃん)バスを降りて、一緒に歩いてここを通過しないかい?」

(@・Д・@)?? 「(たく&ぶー)歩いてですか!?」

(。´・ω・)「(おじちゃん)そう、歩きながら車が来るのを待って、ヒッチハイクするんだ。」

((;゚Д゚)「(たく&ぶー)ヒッチハイク・・・、ま、まじすか・・・(汗)」

10秒程悩んだろうか?

(((( ;゚д゚)))アワワワワ 「(たく&ぶー)い、行きますっ!よろしくお願いしますっ!」

クスコ

標高4000m級のアンデス山脈を彷徨い歩く、右から、ぶー、おじちゃん、もう一人ついてきたおばちゃん(おじちゃんの嫁とかではないっぽい)と僕。こういうのって、長期バックパッカーはやっても、一介のサラリーマン旅行者はやらないでしょ、普通・・・(汗)

なんでこんなことになったんだか。。。ρ(--、)シクシク

クスコ

周りを見渡しても、山と空しかない荒野を(おっと、羊もいたよ、そういえば)当てもなく歩き続け(写真上)、途中、「次の街まで40km」なんていう表示が目に入ったときには、自分たちのチョイスが完全に間違ってたよ、と泣きそうになった・・・

が、その時っ!

遠くから一台のジープがっやってきたのだヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃

急いでジープに駆け寄り、おじちゃんが交渉を開始。すると、僕らの後ろについて歩いてきた人たちもどっとジープへと群がった。皆、完全に避難民状態∑(゜д゜υ)

おじちゃんの交渉が功を奏し、僕らは一番近い、バスターミナルのある町、アヤビリまで送ってもらえることになった。すると、これまで黙って交渉に耳を傾けていた、避難民たち(笑)は、突如、我先に我先にと、まさに芥川龍之介の蜘蛛の糸がごとく、他人を蹴落としそうな勢いで、少なくとも10人は後ろの荷台へとなだれ込んだ(もちろん僕らを含む)。

人間って、怖いね・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

アヤビリに到着後は、

写真上

謎な人力車(写真上)に乗って、ラパス行きの国際バスが出ていることを期待しつつ、バスターミナルへとむかった☆⌒Y⌒Y⌒ヽ(o`・ω・)ノ

が、

その期待は一瞬のうちに打ち砕かれた_| ̄|○ガクッ!!

クスコ

がらぁ~~~~~~~~~~~~~ん

 

ガクッ!!_| ̄|○

 

バスターミナルにバス会社側の人間が誰一人としていなかったのだ∑( ̄□ ̄ノ)ノ

完全に陸の孤島と化した、地図にも載ってるかすらわからないような小さな町に本気で取り残されたたく&ぶー・・・

そして前日夕方からろくに食べ物も口にしていない上に、体調も最悪・・・

クスコ

まじでうちら避難民だわ・・・

その後も、なんとかここアヤビリまで辿り着いた避難民は増えていき、バスターミナル付近を車やバスが通過するたびに、一喜一憂を繰り返し、しまいには、その辺の人力車に、お金はいくらでも払うから国境まで送ってくれ!って無理なお願いをする始末(←ってこれは僕のことですが・・・)ヘ(-′д`-)ゝヤレヤレ..

にしても、うちらはこれからどうなるんだろう・・・

ラパスに行けるんだろうか・・・

いや、そもそもここから次の町に行けるのだろうか・・・

はたまた、日本に帰れるんだろうか・・・

標高4000m地帯に放置され、途方に暮れたたく&ぶーは、時間の経過と共に、いつしかネガティブシンキングの無限ループに陥っていた・・・

アヤビリに到着後、少なくとも既に8時間は経過していた。

長い長い、不安との闘いだった・・・

日差しがきついので、ターミナルの中に入っていたかったが、いつヒッチハイクをしてくれる車やバスがここにやってくるかわからないため(車両に乗れる人は往々にして先着順のような雰囲気が漂っていた・・・)、ずーっと炎天下の下、来るかもわからないバスを待たざるを得なかったのだった・・・

その時だ!

一台のバスがターミナル内に入ってきたのだ!またしても、我ら避難民はどっとバスを取り囲むように押し寄せた。すると、避難民の、金は幾らでも払うから、頼むから乗せてくれ!という悲痛な叫びに、運転手もビジネスチャンスを感じたのか(笑)、一人20US$で手を打ち、立つ所も無いほどに避難民を詰め込んで、ボリビアとの国境の町、プーノに向けて出発した。西の空はすでに赤く染まり始めていた。

(´Д`A;) 「(たく&ぶー)なんとか、ここを脱出できそうだね・・・。よかった・・・、涙」

しかし、またしてもこの安堵感は長続きしなかったのだ(いいかげんにしつこいよ・・・)

僕らを待ち受けていた最後(と信じたい)関門は、それはそれはすごいものだった。

アンデスの急斜面と広大な平原に挟まれた道路におびただしい数の人間が終結し、一台たりとも車を通すまじ、という感じだ。

もう、確実にだめだな、こりゃ・・・_| ̄|○ガクッ!!

すると、車内から、

ヽ(`Д´)ノ「(乗客の一人)よし!まず、バスを道路から平原に下ろして、そこから平原を突き抜けて、道路封鎖を通過しようっ!!!」

まさに名案!満場一致で、その案が可決され、バスも急激にハンドルを切って、道路から平原に向かって走り出した。そしたら今度はそれを察知した輩たち数十名がこちらに向かって駆け寄ってきたではないか!!!

ヽ(#゜Д゜)ノ┌┛Σ(ノ´Д`)ノ

んで、何を思ったか、車内の男どももバスから降りて、迫り来るスト軍団の応戦に出て行くわ、僕らと同じように平原を突き抜けようとした、ランクルなんかも、平原のど真ん中でスト軍団の連中に取り囲まれ身動きとれずにいるわで、あたりはもう完全に両軍入り乱れての鎌倉時代かなんかの合戦状態Σ(・ω・ノ)ノ

こうして、我らが男衆が敵の気をひきつけてる間に、バスは静かに大回りしながら平原を走り、途中、一人ずつ、社外に出てった勇敢な男衆ピックアップしながら、なんとか無事に最後の関門を通過できたのだった(◕ฺ‿ฺ◕ฺ✿ฺ)(u‿ฺu✿ฺ)ウンウン

その後のことは、正直、詳細には覚えていない。周囲はとっくに闇に包まれていた上に、あまりの出来事に何がなんだかわからずにバスやら小型バンやらタクシーやらに押し込まれ、気付けばプーノについて、ホテルにチェックインをしてただけだからだ。

ただ、これは覚えている。

僕らをここまで導いてくれた、あの親切なおじちゃんとプーノで別れなきゃいけなくなったとき、小型バン内の僕らが座った位置が悪く(一番後ろ)、おじちゃんの手に20US$を握らせて「グラシアス!」と一言言うことしかできなかったことだ・・・。あんなに親切にしてくれたのに、一緒に写真も撮る余裕もなければ、しっかりお礼を述べる時間も無かった・・・

いつか地球のどこかでまた、あのおじちゃんに会うことができたら、今度はしっかりお礼の気持ちを伝えたい。

 

つづく

●7/3(日)にかかった費用(1US$=115円、1US$ ≒ s/.3.3)
・マフラー(s/.13) 453円
・下痢薬(s/.12.4) 432円
・昼食代(s/.50) 1,742円
・カテドラル入館料(ぶー学割、s/.16+8) 836円
・ネット代(s/.3.5) 122円
・トイレ代(2回、s/.1.5) 52円
・国際電話(2回、s/.5) 174円
・夕食(s/.37) 1,289円

小計           5,100円 (2,550円/人)
合計           878,765円 (439,383円/人)

●7/4(月)にかかった費用(1US$=115円、1US$ ≒ s/.3.3)
・昼食代(菓子、水、s/.7.6) 265円
・人力車(バスターミナルへ(アヤビリ)、1US$) 115円
・タクシー代(バス降車場→バスターミナル(プーノ)、s/.3) 105円
・チップ他(おじさんへのお礼など、20US$) 2,300円
・ホテル代(プーノ、s/.40) 1394円

小計           4,179円 (2,090円/人)
合計           882,944円 (441,472円/人)

●11日目終了時点フライト(飛行機、ヘリコプター、セスナ機混在)回数
飛行機: 4回
ヘリコプター: 0回
セスナ機: 2回
※離発着各1回につき1回とカウント(南米は各駅停車の飛行機があるため)